2泊3日、朝から晩までよく遊んだ。飛び込みに夢中になった子は「連続100回飛び!」。川底のドンコとりに終始した子は「ずっと下むいとって首が疲れたわ~」。泳ぎまくった子は充血した目で「きれいな川だから、ゴーグルなしでよう見えた!」。口々に武勇伝を語っている。その瞳は充実感に満ち、誇らしさにあふれていた。
TOECのキャンプは、子どもたちの「やりたいこと」をとことんやる。始めは「~していいん?」という質問続出!キャンプが進むと徐々に自分で決めるんだな、とつかんでいく。スタッフは、子どもの心が躍る景色を一緒に見て、一緒に困ったり笑ったりする存在。川の流れのなかでカヌーに乗り、適切にパドル(舵)を入れるごとく、子どもたちの遊びの流れのなかに共に居ながら、要所要所で介入や判断に努めている。
水分をとることもごはんを食べることも大事なのだけれど、時間や段取りに振り回されることなく子どもたちの遊びの流れを極力尊重する。小腹が減って少し疲れた時におやつ、へとへとになって遊び切った瞬間がごはんの時間になると心も身体もスッと受け入れて、大きくそちらへ流れる。そうなると休憩も食事も遊びも分断されることなく一体化していく。ぴりりとかん高い笛で合図されるプールの時間管理とは真逆の景色だ。
こんな風に、子どもたちは毎日遊びふける。身体が冷えたら、たき火を囲んで小魚をあぶり食べる。少し身体が温まって、動きたくなったらまたカヌーやスノーケリング、飛び込みへと出かけていく。遊びながら自分の身体の声を聴いてやっているのだ。遊びから遊びに次々展開して、エネルギーは強弱を生みながら流れ続ける。そのプロセスの中で子どもたちの変化が見られる。
子どもたちの充実度があがってくる。すると穏やかで安定した空気が全体を包む。キャンプ全体が優しさと共感にあふれた場だ。仲良くしなさい、とか優しくしなくっちゃ、なんて言わなくても子どもたちが本来持つ健やかな力があふれてくる。夜さみしくなって、帰りたい子も何人かいたが、スタッフはそうかそうかと受けとめるだけ。しゃべって少し涙した後はすんなりテントへ。まわりにいる子どもたちも何気ない配慮や眼差しが優しく共感的だ。場全体で寂しさを受けとめられた彼は次の展開へ流れたのだ。
また、川の場面。高い所からの飛び込みを挑戦し続けて、怖くなってふるえては飛び込みをあきらめるを繰り返した子がいた。初日はせかすような、飛ぶように挑発するような声も聞こえてきた。その都度、スタッフは介入しながら見守った。その行動は、根気よく毎日繰り返され、彼が飛び込みをしそうな雰囲気になると、他の子は一緒に岩を登りながら、カヌーに乗りながら温かく見守り応援する。3日目になると煽るような関わり方、冷やかし方とはほとんどなくなった。「おっ、飛ぼうとしているぞ」と、その気配に気づきさりげなく集まる。見物のような距離感のある眼差しではなく、それは温かい。震えながら水面を見るその勇姿に沢山の子から温かいエールが届いた。結局、飛ぶことはできなかったのだが本人も充実顔。誰からの評価でもなく自分で選んで決めて、納得した顔だ。
子どもたちの力が無限に広がる。わたしたちの想定をはるかに超えたエネルギー。最後はほぼ全員で、河原から走り込んで川へ飛び込んだ!みんなでげらげら笑いあう。シアワセなキャンプだったねぇ~!とプカプカ川に浮かびながら目を見合わせた。また、キャンプでステキな時間を過ごしましょう。