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季節の移り変わりとともに生きよう

「このコスモスしょんぼりしてるね」。TOEC幼児フリースクールに咲くコスモスを見て、ケンタロウ(3)がつぶやいた。10月になっても暑い日差しが続いたが、コスモスも盛期を過ぎているのだ。散りかかるコスモスがケンタロウにはしょんぼりと見えたのだろう。

台風20号が大きく東にそれてやっと高い青空、乾いた風がやって来た。いつの間にか、か弱かった畑の白菜の葉も立派に成長し、これから次第に固く引き締まっていくことだろう。

間引きした大根の若葉は徳島では「お根葉」といって珍重される。一夜漬けにしたお根葉に旬のスダチをかけると絶品。酒との相性も抜群だが、お昼ご飯の一品として意外と子どもにも好まれる。しばらく食べ続けるうちに、今やすっかり大根の葉となり、日に日に土の中の大根を太らせていっている。柿やミカンも色づき、秋たけなわだ。

友人と話していて気付いたのだが、日常的に自然の中にいることが多い僕の会話には、そのときの話題にかかわらず、こういった自然の移り変わりのことが何気に交じっているらしい。

畑のことだけでなく、風向きが変わったことや、海なら潮が変わったこと、月の満ち欠けなど、無意識に交えて口にするので、会社勤めの友人は「いいねえ。そんなの感じるだけのゆとりがあって」と心底うらやましがるのだった。

僕にすれば、これでも最近忙しく、ことさらゆとりがあるとは思えないのだが、確かに空を見上げたり、風を感じ取ったり、野の花を見つめたりと、フリースクールの生活は日常的に季節の移り変わりと共にいる。

そのことは子どもたちやスタッフも同様で、知らず知らず自然と共にいることで、心と身体にゆとりやすき間、遊びを与えてもらっているのだろう。

TOEC幼児フリースクールの小学部「自由な学校」には「静かな時間」といって、計算や漢字の練習など、反復して必要があることを朝の一時、集中してやっている。

こういうと自由に自分でやることを決める時間と比較してお勉強の時間のようにとられるが、実際はそうではない。実にゆるやかで、遊びも学びも混然一体となっていて、かといって中身はちゃんとあって…。車のハンドルにあそび(ゆとり)がなければ運転はギクシャクするように、何につけてもゆとりは大切なのだ。

さて朝の太陽は今、何時に出ますか?月の大きさは?夕焼けが一番美しい頃。夜空見上げて心にゆとりの風を与えよう。