18

お互いを理解しあった、美しい時間(仲本桂子)

執筆:自由な学校スタッフ・仲本桂子(プー)

アメリカでフリースクールを営むパットさんは言った。「信頼するのがお仕事だ。」尊い言葉だなーと思った。今も時々かみしめる。10年たって今「私の仕事はなんだろー?」と今の自分に問いかける…?

「元気でいること!」か…?そう!「私が私でいて、そして元気でいること!」だ。

TOECの沖縄無人島キャンプを長年にわたって共に創ってきた古波蔵さんは、今大腸ガンと共に居る。おそらく相当病んでいるはずなのに電話をとるその声はいつもと変わりが無い。

「また、3キロやせてねー、もう別人だよ…」と笑う。「病院の食事はおいしくない、カロリーばっかり計算して…」とグチもこぼす。「ソーキや豚肉、ソーメンチャンプルが食べたい。魚はまた自分で釣って、エビ、カニは姉ちゃんに買っておくように頼んだよ。うまくいけば2、3日で退院して、自分の家で、ぼちぼち料理しながらゆっくり食べるさー」とつづく。医者は体力も落ちて抗ガン剤も打てないでいるというのに…だ。

元気とは一体なんだろう?

「おいしいものを食べたい」という意欲や迫力はダイレクトに響いてきた。「やりたいことをやる」ということは真に命をも輝かす、美しく重みのあることなのだ。

~小神子こみこ(海辺)でのキャンプ~

自分のテントを立ておえた千夏(3年生)が「何かすることない?」と近づいてくる。「んー?!何しよーかねー。」2人でポソポソ…。キャンプで使うキッチンをゴソゴソ作りながら「ここが料理するところで…ここが…」「ようするにリビングね!」となにやらひらめいた様子の千夏。両手いっぱいに小石(砂利)を抱えて帰ってきた。

ツラツラツラーっと指の間から小石を落とし、線をかく。「?」と思ったら、何やらその四角のわくは玄関だった。「ここから入ることにしよー!」とニッコリ。「あー、いーねー!!」と私。他のみんなをまきこんで狭いだの、もう1つ作ろーだの…わいわいやっている。

一枚のブルーシートは中央に立派なクヌギの木を抱えた中庭つきの心地良いリビングへとどんどん創られていった。それが発展し、みとのぬいぐるみのキツネ(コン太)のテントを建てよーだの、横にはベンチがいる、畑に種まこー、花咲かせの、木植えただの、次々とオブジェが立ち並ぶ。みづきや創太も負けじと男のテントの周りで始めた。千夏は言う。

「プー、これってごっこやけど、本物のごっこやな!」

訳のわからぬ日本語だけど、私たちはお互いを理解し合った。まさに「美しい時間」。これが、想像力であり、働く喜びであり、優しさであり、強さだと思う。

たまたまなのだが、自学キャンプに続き、2泊3日の山キャンプにも参加した創太(2年)は、さすがに今朝はヘロヘロの顔でやってきた。ヘロヘロをやりきり、ミーティングでお話をし、静かな時間には文字通り静かに1冊の本(おおきなポケット)を読みきり、「おもしろいよ!」と皆に分け与えた。

おいしい昼食のコロッケを食べ、紙ヒコーキを飛ばし、トンネルの家作りで遊んで「バイバイまたあしたー」と元気に帰っていった。

そう、これが学校だ。