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子どもは泣いていい、お母さんも泣いていい

サオリ(5)はここしばらく、お母さんと離れがたい。お母さんが帰ってしまうと、いつもの明るく元気なサオリに戻るのだが、別れ際は決まって泣き顔になる。つらそうなサオリの顔を見ると、お母さんから引き離して抱きとめるスタッフも切なくなる。

サオリはTOECフリースクール入りたての歳の頃から、あっさりと親から離れ、笑顔でTOECにやってきていた。なので今の状況は意外だし、お母さんも少々困惑気味だ。しかし、こんな時は問題点や原因探しにとらわれないことが大切だと僕は考える。

「幼児がえり」とか「親にもっとかかわってほしくて甘えているだけ」などと、周囲はいろいろ分析し、決めつけたがる。そして大抵、原因を母親に押し付けるので、母親は一層窮屈な思いをする羽目になる。僕はそれをよしとしない。

なぜならまずもって、子どもは泣いていいし、時に寂しくなって当たり前と考えているからだ。問題とするなら、子どもが泣くと親は不安になったり、つらくなったりもするので、その応援に何ができるかということだ。

乳児も同様だ。一日の大半を泣き通し、やっと寝付いて布団にそっとおろすと「ギャー」。そんな日が続くと、確かに母親はどんどん孤立し、心身とも疲れてしまうだろう。虐待や子育て放棄に至らなくても、衝動的に追い詰められる危険性は誰にでもある。

母親に言いたいことは、泣く子どもをいつも「よしよし」と優しく受けとめることができないからといって、自己嫌悪に陥ったり、自分を責めたりしないでほしいということだ。実は泣きたいのは母親の方なのだ。

人は誰も自分の中にもっと愛してほしかったり、思い切り甘えたりしたい小さな子ども(インナーチャイルド)を抱えている。無意識に泣くのをこらえているインナーチャイルドは、当然我が子の泣き声を受けとめられない。自分を受けとめない限り、他者を受けとめられないからだ。

泣いている子どもはきっと「お母さん泣いていいよ」と伝えているのだろう。

TOECフリースクールでは、少しピンチになった親が気持ちを聴きあう心のキャッチボールグループを毎月第3土曜に開いている(無料)。気軽に泣きにお越しください。