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ときには、父性的な愛も必要

アキヒロはまだ3歳。今春からTOECフリースクールにかよいはじめたばかり。送迎車に乗って上機嫌にやってきたと思ったら、車から降りる際、着替えのつまった自分の身体ほどあるリュックサックを抱えそこねて転倒。「ウワァーン」大泣き。見事な泣きっぷり。

いち早くアカネ(5)がやってきてやさしく顔をのぞきこみ頭をなでる。そしてアカネにも重いであろう自分のリュックサックを片手にもちかえ、もう一方の手でアキヒロのリュックサックを抱きかかえていった。

アキヒロはピタリと泣きやんでいる。そしてはにかみ笑いをうかべながら甘えるようにアカネの後にくっついていった。「今泣いたカラスがもう笑ろうた」。僕のはやし言葉などまったく耳にとどいてない。

TOECフリースクールは現在総勢30人。幼児部(3~5歳)18人、小学部(6~12歳)12人。学年による組分けはなく、幼、小それぞれ1クラスで仲良く遊学している。様々な遊びから教科学習に近いことまで自然に教えあい、助けあっているのだ。

それはひと昔前のガキ大将グループのようだし、寺子屋のようでもある。地域の子供社会が消え、塾や学校の同学年のかかわりに偏りがちな今の子供たちにとって、このタテ社会経験は貴重だ。

「聞いたことは忘れる。見たことは思い出す。体験したことは身につく。人に教えたことは使える」

これは体験学習法の中心概念。体験的に身につけたことを使えるようになる仕組みがフリースクールに育っているのだ。

もちろん好ましいことばかりでもない。フリースクールにもイジメに似たような状況は生まれる。子供は時に残酷な一面を見せるものだ。感情的な対立から1対1でぶつかることはある意味健やかなことだが、集団で1人を攻撃する構造はどんな理由があろうと不適切なことだ。エスカレートするとイジメる側、イジメられる側双方に暗い陰を落とす。

そんな時はスタッフはちゅうちょすることなく介入する。イジメの構造の外から素直な視点を伝え、イジメの言動をガツンと止めることが大切だ。歯止めの利かなくなった言動は子供の「誰か止めてくれ」の叫びでもある。

大人には、やさしく保護する母性的な愛だけでなく、時に厳しく指示や禁止をする父性的な愛が必要な時がある。人格を傷つけるおしつけであってはならないが、大人の自己責任がイジメの問題から問われているのだ。